高校生のとき教師から性暴力受けた私が語る「逃げればいい」が心底難しい理由

減らない性暴力・性犯罪の事件

 性暴力のニュース報道が後を絶たない。 今年に入っても、15歳の養女に59回も性虐待を繰り返していた男に懲役18年の判決が言い渡された(1月28日)。東京品川では「若い女の子としたかった」という理由で12歳の女の子をSNSで呼び出して性暴力を行い、21歳の男が逮捕された(1月28日)。検索すると性暴力の事件が多発していることに驚く。

 実際、コロナ禍になってから、全国のワンストップ支援センターに寄せられた性暴力や性犯罪の相談件数は、コロナ前の2019年に比べ、2020年は23.6%も増えている。

 しかし、こういった報道が出るたび、SNSやニュースサイトのコメント欄には、「セックスごときで騒いで」「本当に嫌だったら全力で抵抗できたはず」といった「被害者にも非があった」とする書き込みをよく見かける。

 そういったコメントを見るたび、心を痛めているのは、翻訳家でライターの桑沢まりかさんだ。まりかさん自身、過去に受けた性暴力で傷つき、今もその治療と戦いながら、性暴力の問題を寄稿し続けている。取材の中で投げかけられた、言葉をきっかけに、性暴力を受けた側が背負い続け、自らを責め続ける重圧についてまとめてもらった。

性暴力をただの「セックス」と捉える人たち

 「そもそもなぜ性暴力はいけないのでしょうか?」 以前、性的同意や性暴力についての記事を作るために、複数の人にインタビュー取材をしていたとき、こうたずねられ、なんだか途方に暮れて、言葉に詰まった記憶がある。

 私は、過去に性暴力を受けたことがある被害者だ。その出来事については、以前記事に書いたこともある。

 そもそも大前提として、性暴力は重大な人権侵害であり、許されない行為である。その上で当事者として理由を付け加えるとすれば、被害者のその後の人生には、適切かつ粘り強い治療が欠かせず、それなしには死にたい思いが影のようにずっとつきまとい、非常に生きにくくなるからである。

 しかし、ふと思う。性暴力もただの「セックス」と捉えてしまう人にとっては、「セックスごとき」でどうして傷つき、その後もどう長く苦しむのか、理解や想像ができない人もいるのかもしれない、と……。私の加害者も、そんな理解がない人間のひとりだった。

 まだ高校生の私に長期間性暴力をふるった加害者(以下Aとする)は、最後はストーカーになり、そのため逮捕された。しかし、ストーカーはいきなり逮捕されるものではなく、警察から段階的に「警告」や「接近禁止命令」を受ける。それを無視して接触を続けると逮捕されるのだ。Aは「警告」を受けたのちにも、私を待ち伏せして、警察への相談がいかに愚かな選択かを諭しにやってきた。その際言い放ったのが、「(犯罪歴がつくなんて)高い買いもんしちまったよ」という言葉だった。

 この言葉はAだけが使ったのではない。私との関係を話していたというAの学生時代の同級生も、警察に訴えられたことを話すと、「高い買い物」という言葉で、笑ってAに同情したというのだ。弁護の意味も込めて書くが、金銭の授受などは一切ない。

 さらに、私は当時受験生で勉強が忙しく、親も心配症で外出は困難だった。そんな高校生の私に対し、「会える時間が短すぎる、お前は風俗嬢以下だ」と罵倒し、「自分と会う時間を作ろうとしないお前はダメ人間だ」と恐怖に陥れ、「Aからは逃げられない」という一種の洗脳状態が作られたのだと思う。

 それでも父親のいない私にとって、Aは小学生の頃から父のように頼っていた存在という側面も持っていた。家族ぐるみで知っている間柄ということもあり、家族にも相談できず、逃げられない状況になっていた。大学に進学することだけが確実にAから逃げられる道と思っていた。Aから性被害を受けながらも、家族を傷つけないこと、無事に学校に通えることだけを考え、瞬間瞬間を生き延びることしか、当時は思いつかなかったのだ。

被害者が逃げられない「解離」状態

 話を元に戻そう。先ほどいった、Aや友人の「高い買い物」という言葉は、今も私の胸に突き刺さり苦しめる。この言葉は、Aがしていた性暴力を理解していないことは愚か、加害男性が被害者意識さえ持っているということだ。実際、「高い買い物」以外にも、「親が死んだらお前のせいだ、一生恨んでやる」とも言われ続けた。

 「レイプ」「性暴力」「性被害」というと、そのときの行為の内容がセンセーショナルに扱われる。性暴力の恐ろしさはそればかりではない。そのとき受けた苦しみと同じくらい、もしかするとその最中の出来事以上に、後遺症や消化できない思いに悩まされてしまうのだ。

 私の場合、肩に手を回された瞬間から、心もからだも凍ってしまい、いわゆる「フリーズ」状態になり、その後に続く「解離」(※1)の症状が始まったように思う。この「解離」が起きると、もはや痛みも苦しみも何も感じずその場をやり過ごすことができる。皮肉なことだが、この「解離」のおかげで、当時の私はひどい性暴力を受けた加害者のAと分かれた直後に単語帳を開き、相手に奪われた時間の分を挽回するように全集中力を傾け勉強に集中していた。

 この時期に私の中で形成されてしまった「暴力を受けるための人格」は今も私の中でしっかり生き残っていて、防衛本能的に、男性を前にするとこの人格が勝手に表に出てしまうことがある。ひどいことをされても「苦しい」とか「嫌だ」とかの感覚は無意識に殺してしまい感知できない。

 「解離」しているときは意識が飛んでいる状態だから、暴力には非常に脆弱で、Aと離れた後も、気づけばトラウマの再演的行為が繰り返されきた。そして、大学や仕事、友人の前では日常を過ごす別の人格でやり過ごしてしまっているから、周りも気づきようがないのだ。

 ※1:ストレスや心的外傷などによって、意識や記憶などの感覚に対する能力が一時的に失われた状態になることを言う。意識、記憶、思考、感情、知覚、行動、身体イメージなどが分断され、健忘、現実感覚の喪失などが起きてしまうこともある。

性暴力が終わっても、トラウマは消えない

 「解離」で厄介なのは、実際には感じている苦しみや痛みをその瞬間には感知しないように記憶を冷凍保存しているだけということ。この記憶は「トラウマ記憶」と呼ばれる。解離したことで逆に反動がいずれ訪れる。このことを精神医学的には「PTSD」と呼ぶという。私の場合は、臨床心理士によると「複雑性PTSD」に近いと言われている。

 私はAから解放された後に、複雑性PTSDに襲われた。ふとしたことで、どうすることもできないパニック発作や自傷衝動に襲われた。身体症状としては、過呼吸が始まって、自分の力では泣き叫ぶ声が止まらなくなった。実際、自傷行為に及んでしまうこともある。

 もうAの暴力と支配からは自由になったはずなのに、「私は暴力を受けるべき存在なんだ、幸せな場所にいていいはずがない存在なんだ」と感じてしまう。暴力を受けていた当時、つらく苦しい世界に辻褄をつけるため必死に言い聞かせていた言葉が今も蘇り、自分自身が幸せを感じることを許さないのだ。本当は幸せになりたい……、でも、幸せを感じると怖くなり、反動で自傷衝動が止まらなくなってしまう。何が幸福で何が苦しみなのか、何が暴力で何が愛なのか……。こうやって原稿を書いて人に伝えられる仕事についている今も、実は「混沌の世界」に生きている。

 日本ではまだまだ性虐待を含むトラウマ治療の専門家は少ない。私もやっとのことで自分に合った専門家に繋がり、治療を始めることができた。私が治療を始めたのは、2018年2月のこと。しかし、そこからすぐ継続的に行けるようになったわけではない。先述の通り、「幸せになってはいけない」「光が当たる場所なんて似合わない、怖い」そういう思いが先立って、治療に1度行っても数ヶ月から1年近く間が空くこともあった。

 ちなみに、どうせ自分は暴力から逃れられない存在と信じ込まされてしまい、幸せになることは不安にさえ感じて、治療が進まないのは「学習性無力感」によるものだという。暴力などに対して抵抗したり回避できない状況に長く置かれると、逃げられる状況になったとしても、そこから出る努力さえできなくなってしまうというのだ。なんとも恐ろしい話だが、1960年代にはこの問題を研究する論文(※2)も発表されている。

 また、性暴力の話をすると、「嫌なら逃げればいい」「逃げなかったのはその気があったのでは」と簡単に言う人がいるが、「逃げる」選択は「逃げられる」と思った時にしかできない。人間を含め動物は、「逃げられない」と思うと、その場で固まり、苦しみが過ぎ去ること、できれば死んだとでも思われて生き残れることを祈る仕組みが本能として備わっている。例えば、森で突然熊に遭遇したら、叫ぶことも走って逃げることもできず、恐怖で硬直する人がほとんどだろう。「逃げることができた」のは、実は幸運だった、ということを知ってほしいのだ。

5年経った今も治療はなかなか進まない

 私が治療を継続的に行けるようになったのは、つい5ヵ月ほど前。いい加減自傷行為を辞めないと本当に危険という状況になり、やっとここまで漕ぎ着けられた。Aからの性被害を受けてから、既に5年以上の時間が経過している。とはいえ、治療のセッションを始めてもすぐに解離してしまうので、まだまだ時間がかかる。

 まずは、「安全」「安心」「幸せ」がどういう感覚なのかを学習し、そういうポジティブな感覚でいる自分を許し慣れる練習を積み重ねている。そして「いやだ」「苦しい」「怖い」そういった感覚を感じ、伝えられることが必要で、今少しずつ、自分の感覚の器を広げている状況だ。気が遠くなる作業だが、やるしかない。

 ただ、自分の気持ちをダイレクトに感じられるようになると、今まで「解離」で何も感じずにできていたこと、やり過ごせていたことが、どんどんしんどくなっていく。結果的に、心掻き乱される対象が増え、これまで以上に起き上がれないほどの気持ちの落ち込みや疲労感に襲われている。一度崩れた心のバランスは簡単には取り戻せないことを実感する日々だ。それでも私は、トラウマ記憶や当時枷せられた無数の鎖から自由になりたくて、自分らしく呼吸できることを証明したくて、今日も治療を続けている。

 性暴力はよく「魂の殺人」と言われる。確かに私自身、自分がレイプされた場所を、自分のお墓のように感じている。しかし同時に、「私の未来まで、人生全部まで殺されてたまるか」という思いがある。もう、なんとかして生き続けるしかないのだ。

 「性暴力がどれほど人を傷つけるのか」

 この問いに対する答えが、あまりに長い回答になってしまった。もちろん、トラウマやそれによる反応・症状、適切な治療法はひとそれぞれ異なるため、私が受けている治療がすべての方に当てはまるものとは限らない。

 性暴力の加害者にとっては、時間が経てば忘れてさえしまうような一瞬の快楽なのかもしれないが、被害者にとっては、何年にも渡って地を這うような苦しみを経験することも知って頂けたらと願う。そしてもし、あなた自身が性暴力の傷で苦しんでいるのなら、互いになんとか生き延びて、時間がかかっても、「私たちは強い」ということを一緒に証明しようと、願いたい気持ちでいっぱいなのだ。

掲載:https://news.yahoo.co.jp/articles/035bab06ca1bd5ca9b6255b77164fd7efcfc028f?page=1

最後に…

木村風俗太郎

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