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風俗体験動画無料レポートブログ管理人 (29歳)
小池百合子東京都知事の巻き起こす旋風が、都政の闇をえぐり出している。その行動は確かな戦略・戦術に立ってのものとみえる。政治家になる以前にも、小池氏には独自の戦略・戦術で挙げた大きな功績があった


現在、「ソープランド」と呼ばれている“特殊浴場”は、かつては「トルコ風呂」と呼ばれていた。この改名に力添えしたのが、当時30代の小池氏であった。日本にトルコ風呂が誕生したのは、1951年。東銀座の「東京温泉」だった。翌年には博多に「温泉トルコ」、札幌に「ススキノ・トルコ・センター」が開業した。個室の蒸し風呂で温まる男性に、着衣の女性がマッサージするもので、直接的な性的サービスはなかった。


トルコには、中東の都市の伝統的な蒸し風呂ハンマームがある。男女とも入れる公衆浴場だ。もちろん男女は別である。あかすりやマッサージも受けられるが、サービスするのは同性だ。日本にできたものとはまるで異なる。


1958年に売春防止法が施行された後、赤線地帯だった場所にトルコ風呂が建ったのは、名古屋の中村遊郭跡が最初。その後、吉原を初めとして、各地の元赤線地帯にトルコ風呂が建った。


当初は性的サービスは厳禁だった。だが、手にクリームを塗って行うフィンガーサービスが行われるようになり、やがて性行為が行われるようになる。売春防止法違反で摘発される店も出た。


男性の急所部分がへこんだ「スケベイス」に男性が座っての、ボディ洗い。一緒に入浴して奉仕する「潜望鏡」。ローションを塗りたくってのマットプレイ。現在のソープランドのサービスは、70年代の初めには確立している。




小池氏の決意


こうした性的サービスを行う店が「トルコ」の名で呼ばれていることに心を痛めていたのが、トルコ人のヌスレット・サンジャクリ氏だ。


81年に日本に留学し、東京大学の地震研究所で学んだサンジャクリ氏は、帰国すると、国立ボアズィチ大学地震研究所の研究員になった。航空会社などが主催する日本語スピーチコンテストで1位になり日本への往復航空券を獲得。84年に再来日する。


大の日本好きであるサンジャクリ氏だが、なんとか「トルコ風呂」の名称をやめてもらいたいと活動した。84年8月23日の朝日新聞に彼の声が紹介されている。


「『トルコぶろ』に出合ったのはバスの中でだ。『トルコから来た』というと、運転手がニヤリと笑った。下宿先の歯科医が『トルコにlike sex hotelがあるか』といった。電車の広告に『トルコ』の三文字を見つけて、『自分の国のニュースが載っている』と喜び、友人に尋ねたこともあった。


来日して7カ月後、夕方、新宿を散歩していて『トルコ』のネオンを見て店に飛び込んだ。もみ手のドアボーイの『外人が来た』という声で、店の奥から下着姿の女性が4、5人出てきた。運転手の笑い、歯科医の質問などのわけが分かった」


この記事が、日本テレビ系の番組『竹村健一の世相講談』でアシスタントキャスターを務めていた、小池百合子氏の目に飛び込んだ。


朝日新聞を通して、小池氏はサンジャクリ氏に連絡を取り、都内の喫茶店で会う。話を聞いて、中東の文化に精通している小池氏はサンジャクリ氏に共感。「トルコ風呂なんて呼び方を変えればいい!」と決意した。




周到かつ精緻な戦略を実行


だが、全国に無数にあるトルコ風呂の名称を変えさせるのは至難の業だ。小池氏は戦略・戦術を練る。


その時のことは、すでに絶版になっている小池氏の著作『小池式コンセプト・ノート』(ビジネス社/2007年4月19日刊)に書かれている。


「公衆浴場の所管は厚生省【編注:現厚生労働省】だ。電電公社【編注:現NTT】は番号案内のイエローページに『トルコ風呂』の項目を堂々と載せていた。まずはこの2カ所に申し立てをし、最後に業界に事情説明、および改称のお願いをしに行くという手順を考えた。


何事も、最初が肝心である。厚生省の働きかけでは、念入りに演出を考えた。


毎日新聞の友人に頼み、渡部恒三厚生大臣(当時)に陳情のアポイントを取ってもらい、同時に記者クラブにも話を通して準備を整えた。記者クラブを通せばテレビカメラが入るのだ。テレビ映りを考慮し、お願いの趣旨は手書きにした。サンジャクリ氏が、一所懸命に書き上げた、日本語による『陳情書』だ」


サンジャクリ氏の厚相訪問は、84年9月18日。


「まったくの俗称なので、今すぐ行政権限で対処できるものではないが、あなたのお気持ちはよく分かる。訴えをできるだけ多くの人に伝えたい」


渡部厚相からの言葉は、お決まりの素っ気ないものだった。確かに、所管官庁だからといって、名称変更を指示することはできない。


だが、陳情の模様がテレビで全国に放映されたことが効いた。東京都特殊浴場協会は自主的に名称を変えることを決め、新たな名前を公募した。「ロマン風呂」「浮世風呂」「ラブユ」など、2400ほどの名前が集まる。


選ばれたのが、貿易会社に勤務する24歳の石田誠一さんが名付けた「ソープランド」だった。彼が最初に思い浮かべたのは、泡のイメージから「バブル」だったが、響きが悪いのでやめたという。


同年12月19日、東京都特殊浴場協会の代表は、赤坂プリンスホテル(当時)で「新名称発表記者会見」を開き、「ソープランド」とすることを公表。トルコ共和国大使館からイルハン・オウス参事官(当時)も参加した。全国の業者もこれに倣って、ソープランドと名称を改めた。まさに、小池氏の戦略・戦術が図に当たったのである。


90年代から急速にグローバル化が進み、日本とトルコの交流も深まった。その時代になっても「トルコ風呂」の名が残っていたら、国際社会で笑いものになっていただろう。


忘れてはならない、小池氏の功績である。
(文=深笛義也/ライター)


http://biz-journal.jp/2016/10/post_16933.html

 
風俗体験動画無料レポートブログ管理人から一言(´・ω・`)
確かに、特定の国の名前が特定のサービス名に使われるのは、国際社会の観点から見ると危ういと言える。
そういう意味で小池氏の功績と認めることはできるかもしれない。


「ソープランド」という案が選ばれた石田誠一さんがどんな方かはまだ存じ上げないけれど、この方の功績も忘れてはならない。




日本における風俗の歴史は今を生きる人によって紡がれていると言える。
頭ごなしに否定する人もいるけれど、それでも、風俗を愛する人々によってこれからも紡がれていくものになってほしいと願う。
カテゴリー : 風俗ニュース
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